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2024年1月21日日曜日

縄文時代研究講座「GISでみる千葉市の縄文時代」聴講

 Attendance at the Jomon period research course “Jomon period in Chiba city seen through GIS”


I attended the 3rd Kasori Shell Mound Museum Jomon Period Research Course, “Jomon period in Chiba city seen through GIS”. This is a lecture on the use of QGIS in archaeological research and archaeological administration. It was very insightful and helpful for me, who uses QGIS to study archeology.


加曽利貝塚博物館縄文時代研究講座第3回「GISでみる千葉市の縄文時代」を聴講しました。考古研究及び考古行政におけるQGIS活用に関する講演です。QGISを活用して考古学習をする私にとって、とても示唆に富むもので、参考になりました。

1 講演諸元

主催:千葉市立加曽利貝塚博物館

題名:縄文時代研究講座第3回「GISでみる千葉市の縄文時代」

講師:武田芳雅(千葉市教育委員会文化財課)

場所:千葉市生涯学習センター

月日:2024.01.20

参加者:web申し込み先着順、限定40名

配布資料:Powerpoint画面A4両面印刷7ページ

2 講演風景


講演風景


講演風景


講演風景


講演風景

画像はいずれもリーニュクレール画像

3 講演内容と感想

QGISを使って千葉県あるいは千葉市の縄文時代遺跡分布の概説がありました。

メインのコンテンツは、DEM(5mメッシュ地形情報)を使った千葉市縄文遺跡の相互可視性分析です。

小流域内の主要貝塚集落が相互に見えていたという結果は面白ものでした。

また、景観重心指標という新しい概念により分析し、視線が集中する場所が下総台地の分水嶺であり、その分水嶺が下野-北総回廊(旧石器時代からの移動ルート)であるという発見も面白いものでした。


2021年12月19日日曜日

加曽利貝塚博物館 縄文講座 「祇園原貝塚」の受講

 Attendance of a lecture on "Gionbara Shell Mound"


I attended a lecture on "Gionbara Shell Mound". The instructor is Mr. Narumi Shinobusawa of the Ichihara City Board of Education.

I became interested in topics such as the topographical characteristics of the shell mound village, graveyards and human bone accumulation, Jomon people's food, stone tools for making shell rings, and the origin of obsidian, which differs depending on the water system of the village.


加曽利貝塚博物館第2回縄文時代研究講座「市原市指定史跡祇園原貝塚-千年続いた縄文のムラ-」(講師 市原市教育委員会博物館準備室長 忍澤成視)を12月18日に受講しました。抽選で30名のみ参加という超難関(?)を無事通過してのうれしい参加です。講演参加者には9月に開催された祇園原貝塚シンポジウムの資料が配られました。


講演風景

加曽利貝塚博物館特別展「市原市指定史跡祇園原貝塚-千年続いた縄文のムラ-」の展示はこれまで3回観覧し、多数の遺物について3Dモデルを作成して観察してきました。その観察で祇園原貝塚について興味が深まっていますので、この講演は自分にとって学習意義がとても大きいものです。

講演では市原市祇園原貝塚の調査経緯、調査で判った主な特性、今後開館する市原歴史博物館での展示方法などについて、興味深い話題が次から次へと披露されました。この記事では自分が特段に面白いと感じた項目だけをメモします。

1 浅い窪地をとりまく居住地と貝塚

もともとの浅い谷地形を取り囲み居住地が形成されたとのことです。興味深いことはその浅い窪地は長い年月で埋まることが考えられるが、実際は浅い窪地を削って埋まらないようにしていたことが確認されたとのことです。窪地を削った様子の情報は表示されませんでしたが、現場で確認されているとこのことです。今後発掘調査報告書等でその確認データをみつけて学習したいと思いました。加曽利貝塚北貝塚、南貝塚も同じように中央に窪地がありますから、祇園原貝塚と同じように削られていたのか、興味が湧きます。

また年代が新しくなるに従って竪穴住居の位置が中央広場中心に近づく様子や、竪穴住居の入り口が中央広場方向につくられている様子の説明がありました。


集落の様子

講演映像から引用

2 墓地と人骨集積

人骨、多遺体埋葬(合葬)、土器棺葬(幼児)が集中する場所が5箇所にあり、それらが時代別の居住地近くであるとの説明がありました。また、再葬を示す「人骨集積」があり、後期前半の葬送儀礼との説明があり、興味が湧きます。


葬送の違いを説明する写真

講演映像から引用

3 祇園原縄文人の食

祇園原縄文人の食について詳しい説明がありました。一言で要約すると陸上動物、魚貝類ともに特定の種にあまりこだわらないで多様な種を幅広く食べていたことが判ってきたとのことでした。陸上動物ではシカやイノシシに偏ることなく、ウサギやタヌキ、…ヘビやカエル…などを。魚貝類ではイボキサゴを貝類のメインとし、魚ではクロダイやスズキだけでなく、小形のイワシ、アジあるいは淡水のコイ、フナなども幅広く食べていたとこのことです。イボキサゴは旨味成分として活用し、ドングリなどのでんぷんを美味しく食べるために使っていたようです。このような柔軟性ある食生活が縄文社会継続の背景にあるとの説明でした。


魚類の説明

講演映像から引用

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祇園原貝塚からゴカイ棲管製垂飾が出土しています。この講演で祇園原縄文人の食性の柔軟性が強調されました。それにより、祇園原縄文人はゴカイを食べていたとの自分の想定の確からしさが高まったと感じました。

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4 貝輪づくり用石器

貝輪づくり用石器発見というとても興味深い話がありました。最初何に使う石器であるか不明だったのですが、貝輪づくりイベントでヒントを得て、その石器が貝輪づくりに使われていたことが判ったとのことです。銚子付近だけで採れる固い砂岩だそうです。


貝輪づくり用石器

講演映像から引用

5 近隣集落で異なる黒曜石原産地

祇園原貝塚の近隣の同時代集落で水系が異なる遺跡の黒曜石産地が全く異なっているという興味深い話がありました。水系が移動経路になっていて、それが異なると交易が大きく異なっていたという地理的ネットワーク的にきわめて興味い事象です。


遺跡と水系の様子

講演映像から引用



2019年12月15日日曜日

縄文時代研究講座 米倉貴之先生講演の聴講

縄文土器学習 286
2019.12.15に千葉市生涯学習センターで開催された加曽利貝塚博物館主催の縄文時代研究講座「県内他地域からみた加曽利貝塚の様相-印旛地域との比較-」を聴講しました。講師は加曽利貝塚博物館学芸員米倉貴之先生です。
加曽利貝塚博物館企画展「あれもEこれもE-加曽利E式土器(印旛地域編)-」(2019.11.16~2020.3.1)と連動した講演です。

講演会の様子

●講演内容
・講演では企画展に展示されている土器が発掘された遺跡のいくつかを紹介しながら、その遺跡と加曽利貝塚との比較をするというかたちで話が進みました。
・最終結論として印旛地域遺跡の加曽利E式土器は「意匠充填系」「横位連携弧線系」が多いのに対し、加曽利貝塚ではこれらのE式土器出土は皆無にちかくほとんどが「キャリパー形」であることが指摘されました。
・また、竪穴住居分布からみた遺跡構造(集落分散傾向)は、印旛地域も加曽利貝塚も密集中心部とはなれた少数からなり、同じパターンであることが確認できたと話がありました。
・同時に加曽利貝塚の発掘面積は全体の8%程度であり、今後発掘が進めば新しい情報が加わり、加曽利貝塚の認識が大いに変わる可能性があるとの指摘もありました。

●感想
・印旛地域と加曽利貝塚とでは加曽利E式土器の器形が少し違うという指摘は、これまでの各地博物館観覧での印象と合うような気がします。多数作成した3Dモデルの整理作業のなかで、この指摘がどの程度あらわれるか、楽しみです。
・加曽利貝塚と千葉市域の遺跡では加曽利E式土器の器形が共通していて、それと印旛地域とが違うという文脈で講演を理解しましたが、そのような理解でよいか、自分の観察で確かめてゆくことにします。それでよいのなら、東京湾沿いの貝塚ゾーンではキャリパー形土器であり、印旛沼・鹿島川流域では非キャリパー形という区分になり、生業の在り方と関連するのかもしれません。
・ただし、印旛地域の遺跡は加曽利EⅢ・EⅣが多く、加曽利貝塚では加曽利EⅠ・EⅡが多いという時間の平仄があっていないという問題が残されています。加曽利EⅠ~EⅣの全期を通じて印旛地域と加曽利貝塚(及び近隣千葉市遺跡)とでは器形が異なるといえるかどうか、確認する必要があります。
・学習課題はたくさんうまれましたが、この講演で器形の地域差の指摘があったことは、自分にとって刺激になり、格好の学習促進剤となりました。

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参考 加曽利貝塚博物館企画展「あれもEこれもE-加曽利E式土器(印旛地域編)-」(2019.11.16~2020.3.1)パンフレット


2019年1月21日月曜日

縄文時代研究講座「千葉市内出土の加曽利E式土器」を聴講する

縄文土器学習 7

加曽利貝塚博物館で開催中の企画展「あれもE これもE-加曽利E式土器(千葉市内編)-」の関連講座として第5回縄文時代研究講座「千葉市内出土の加曽利E式土器」 講師:佐藤 洋(加曽利貝塚博物館)が2019.01.20に開催され、興味があるので聴講してきました。
先着50名の定員ですが開催前に満席状態となる大盛況でした。

講演風景

講演内容の主な項目は次のようになります。
1 加曽利E式土器が勝坂式土器、阿玉台式土器、大木式土器の影響を受けて成立した様子
2 加曽利E式土器の時代には併行して西に曽利式土器、北に大木式土器が分布していて加曽利E式土器の分布域と重なる様子
3 加曽利E式土器Ⅰ~Ⅳの変化の様子とその分類における問題

配布資料の一部(縄文時代中期の形式編年)

これらの項目について土器形式の詳細(器形や模様など)や専門家しか知りえないエピソードを交えた話を聞くことができました。

今年は土器形式学習をしようと考えている自分にとっては聞くこと全てが初めてで、聞いた話が全て自分の知識の血肉になるような直観がして、感動を伴う聴講となりました。
特に勝坂式土器、阿玉台式土器、大木式土器と加曽利E式土器の関係を始めて知り、それまでそのような関連を意識していなかったので、その点は大きな収穫となりました。

講演者の佐藤洋先生が勝坂式土器に関連して富士見町ふるさと納税の返礼品に漆塗り勝坂式土器ミニチュアがあるというエピソードを話されましたが、「あの富士見町か!」と気が付くことができ、勝坂式土器と加曽利E式土器が自分の頭のなかで本当に結びつくことができました。
ブログ芋づる式読書のメモ2018.03.06記事「富士見町史上巻の入手

また有吉北貝塚の土器は美しい(丁寧)であるが、加曽利貝塚の土器は雑であるという個人的印象を話されていましたが、このような講演でしか聞けない話を聞けて、自分にとっては貴重な情報となりました。

有吉北貝塚出土土器(企画展展示品)

講演の前後に詳しく企画展展示品を観察し写真撮影しました。

企画展「あれもE これもE -加曽利E式土器(千葉市内編)-」の様子

企画展「あれもE これもE -加曽利E式土器(千葉市内編)-」の様子