2024年10月1日火曜日

祖霊観念と石棒儀礼

 谷口康浩著「土偶と石棒 儀礼と社会ドメスティケーション」学習 21


Ancestral spirits and stone stick rituals


Study 21 “DOGU & SEKIBOU: Rituals and the Domestication of Society in Prehistoric Jomon” by Yasuhiro Taniguchi


I learned about the ancestral spirits and stone stick rituals described in “DOGU & SEKIBOU” by Yasuhiro Taniguchi. It is stated that a symbolic reproductive act using a stone stick was performed during a funeral ritual. I was not able to fully understand the ritual. It is an important learning topic for me in the future.


谷口康浩著「土偶と石棒」で記述されている祖霊観念と石棒儀礼について学習しました。葬送儀礼のなかで、石棒を使った象徴的な生殖行為が演じられたことが述べられています。自分はその儀礼を腑に落ちる形では理解できませんでした。自分にとって、今後の重要学習課題です。

第1章 縄文時代の儀礼と社会

3 土偶と石棒-異質なシンボルと儀礼-

(3)祖霊観念と石棒儀礼

【要約・抜粋】

・石棒は縄文人が創り出した最大の石製象徴であり、中期に急速に発達した。

・石棒の出土状況で特に注目されるのは、竪穴住居内に祀られていたことを示す出土例である。

・石囲炉より奥の壁際に石棒が立てられ、その根元に二つの丸石と石皿が置かれた例や石棒が住居奥壁直上に樹立されている出土例などがある。石囲炉の一角または近接する位置に石棒の頭部を樹立した例も散見され、石囲炉の石材に石棒の破片を組み込んだ事例はさらに高い頻度で確認されている。

「もう一つの興味深い出土状況は、石棒と石皿を対にした性交の象徴的表現とみられる儀礼行為である。長野県穴場遺跡18号住居址では、床面に立てた石皿の凹みに向けて石棒を置き、その側に特異な釣手土器と石碗などを遺棄した儀礼跡が、ほぼそのままの形で残されていた。」

「性交を隠喩的に表現した儀礼行為が広くみられることから、石棒の形態を男性の性徴表現とみることは妥当と判断できる。」

「葬送儀礼や死者儀礼の中で象徴的な生殖行為が演じられたのは、人間や社会そのものの再生産、繁栄への祈りが込められているように思える。そのような力の主として観念されていたのはおそらく祖霊であり、石棒は祖霊の象徴として造形されたものと推論できる。」

・大林太良は石柱と炉材が古い家から新家にうつされたことから単系出自集団が存在したと疑い、石柱を出自集団の祖先神(男性神)とみて、父系制の存在を予測した。

「石柱と石棒は本来同質であるから、祖霊象徴を石柱だけに限定せず、むしろより普遍的な存在である石棒こそが祖霊観念の象徴であると理解したい。」

「一方、中期末~後期前葉になると、拠点的な環状集落が継続性を失って居住形態が分散的になる動きの中で、石棒を浄火にかけ、時に徹底的に破壊する行為が顕著に現れる(第2章参照)。この行為から垣間見えてくるのは、石棒伝承を中断せざるをえない、何らかの社会不安の存在であり、それを克服しようとする強烈な祈りである。環状集落の背後にあった中期的な社会構造の動揺を暗示する現象である。」(谷口康浩著「土偶と石棒」から抜粋引用)


性交イメージが表現されている儀礼跡

谷口康浩著「土偶と石棒」から引用

【感想】

・葬送儀礼や死者儀礼のなかで、石棒を使った性交の象徴的表現(生殖行為表現)が行われたという説明は、この文章だけでは、自分はにわかに納得することができません。人間や社会そのものの再生産、繁栄への祈りということならば、結婚などの儀礼に石棒が大きな役割を果たしたと一般論として考えてしまいます。石棒のページをこれから読み進めて、理解を深めたいとおもいます。

・何かの本で読んだ中に、マダガスカルの部族の例で、葬儀になると普段の性に関する社会的統制が崩れ、乱交が始まるという文章がありましたが、そういう次元の話しなのでしょうか。縄文時代の葬儀と性交の関係が理解できません。

・死者はあの世に行き、豊かな暮らしをする。そのために必要なモノも一緒にあの世に送る。というような送りの儀式が葬儀であり、そこに性交が入り込む余地が、今の自分の知識にはありません。

今後の重要な学習課題です。葬儀と性交がどのように結びつくのか、学習進展が楽しみです。

・石棒が男性神であり、父系制を暗示しているという指摘は理解できます。

・「中期末~後期前葉になると、拠点的な環状集落が継続性を失って居住形態が分散的になる動きの中で、石棒を浄火にかけ、時に徹底的に破壊する行為が顕著に現れる。」という指摘はとても強く興味を持ちます。人口急増と社会崩壊があり、その崩壊過程で石棒を浄火にかけ、破壊した活動があったということになります。

タシケント

 Tashkent


I enjoyed the Tashkent edition of "Travels in Uzbekistan" (a serialised article in the magazine "Geography") by Keiji Nakaie and others, and took notes on my impressions. It was a very thorough introduction to Tashkent. I read it in one go. The theater built by Japanese prisoners of war that was introduced in the article is a place that I have also visited.


中家惠二ほか「ウズベキスタン紀行」(雑誌「地理」連載記事)のタシケント編を楽しみ、感想をメモしました。とても充実したタシケント紹介記事です。一気に読みました。紹介されている日本人捕虜が建設した劇場は、私も足を運んだことがある場所です。

以下、次の連載記事の感想です。

第3回「タシケント 前編」(雑誌「地理」2024.1)

第4回「タシケント 後編」(雑誌「地理」2024.2)

1 地震

ウズベキスタンは地震の多い国で、その状況が詳しくかかれています。1966年4月26日に発生した地震で多くの被害にみまわれました。その地震記念碑を訪問団は訪れていて、タシケント認識の熱心さが伝わってきます。建設中高層マンションの柱が異常に細く、地震対策は大丈夫だろうかとうコメントも注目されます。

2 日本人墓地

訪問団は日本人墓地を訪れ、墓前に手を合わせ、墓守の方に寸志を手渡しています。訪問団の能動的活動に敬服します。観光旅行ではこのような活動はありません。

この記述に関連して、第二次世界大戦でソ連に捕虜となった各国の人数及び、日本人捕虜の様子が書かれ、「私たち戦中戦後世代には、平和の尊さを実感させられる墓参であった。」と結んでいます。

3 ウズベキスタン歴史博物館

ウズベキスタン歴史博物館の観覧の様子が書かれています。観覧をもっとも期待したクシャン王朝(1~3世紀)時代の仏像はフランスに貸出中で見ることはできなかったそうですが、この仏像はアレキサンドロス大王の支配以降ギリシャ化したガンダーラ時代につくられ、「仏像」がギリシャ人の顔や衣装になった原点であり、それが中国経由で日本にも伝わったそうです。訪問団が、そのような問題意識でウズベキスタン歴史博物館を訪れていることはすばらしいことです。


クシャン王朝時代仏像

雑誌「地理」2023.11から引用

4 タシケントの街

タシケントの街の様子が詳しくかかれ、旅行を予定している人には役立つ情報ばかりです。2016年に私が旅行した時より現代化している様子がうかがえます。

5 地下鉄乗車体験

地下鉄乗車体験もこれから旅行を予定する人にとっては有用な情報だと感じました。

6 鉄道博物館

日本新幹線などより広い広軌鉄道の機関車など車両が野外に展示されている場所があり、訪問団が見学しています。鉄道好きの人のとってはたまらない場所だったにちがいありません。

7 チョルスバザール

チョルスバザールはウズベキスタン最大のバザールで観光スポットになっている場所です。掲載されている写真からもその賑わっている様子がよくわかります。私も訪れたことがあります。


チョルスバザール

雑誌「地理」2023.11から引用

8 ナボイ劇場建設と捕虜

抑留された日本人捕虜が建設したナボイ劇場について詳しく書かれています。1966年4月26日の地震でもこの劇場は倒壊することなく、現地の人々の間で日本人に対する技術力が再評価されたそうです。この項では関連して日本人捕虜の生活も詳しく書かれています。私もこの劇場を見学し、建設完成由来を書いたプレートも見ました。


ナボイ劇場建設プレート全景(2016年荒木撮影)


ナボイ劇場建設プレート碑文(2016年荒木撮影)

2024年9月ブログ活動のふりかえり

 Looking back on blog activities in September 2024


I looked back on the activities of the blog "Walking the Hanami River Basin" in September 2024.

I continued and enjoyed working on creating a database of shell layers on the northern slope of the Ariyoshi Kita Shell Mound and learning about rituals.

It was a great achievement to be able to regain the skills to build 3D models from paper contour maps so that I can use them immediately.


ブログ「花見川流域を歩く」の2024年9月活動をふりかえりました。

有吉北貝塚北斜面貝層のデータベース作成作業や儀礼学習などを継続し、楽しみました。

紙等高線地図から3Dモデルを構築する技術について、即戦力として使えるように再取得できたことは大きな成果です。

1 ブログ「花見川流域を歩く」

・2024年9月の記事数は28です。

・有吉北貝塚北斜面貝層の遺物台帳3Dデータベース作成プロジェクトの一環作業として、発掘調査報告書掲載遺物データベース化作業を継続しました。記事数は5編です。

・紙等高線地図から3Dモデルを作成する技術を、即戦力として使えるようにするための取り組みを行い、即戦力化しました。5記事を書きました。この技術は有吉北貝塚北斜面貝層の地山地形3Dモデル化や人形塚古墳学習で使います

・加曽利貝塚博物館主催講演会の感想記事を3編書きました。とても参考になる講演でした。

・展示物3Dモデルを作成して楽しみました。伊那市創造館で観覧した土偶上半身にはマメ圧痕が多数観察できて、自分にとって発見であり(社会的にも発見かもしれません)、縄文中期列島中央高地のマメ栽培に関する関心が高まり、継続している儀礼学習とも共振して、関連記事も書きました。

・儀礼学習を継続しました。学習が深まってきています。

・ウズベキスタン読後感記事を書き始めました。

・人形塚古墳学習を開始しました。

2 ブログ「花見川流域を歩く 自然・風景編」

・早朝散歩記事を1編書きました。

3 2024年8月活動の特徴

3-1 有吉北貝塚北斜面貝層学習

発掘調査報告書掲載遺物データの電子化、データベース(postgreSQL)作成を進めました。データが増えるにしたがい、遺物種別毎の分布特性が浮かび上がりつつあります。

3-2 紙等高線から3Dモデルを作成する技術

4年ぶりの技術再習得を行い、即戦力技術に戻すことができました。最新版QGIS(GRASSプラグイン)にバグがあり苦労しましたが、いろいろな場面に適用して、有吉北貝塚北斜面貝層学習、人形塚古墳学習に使えるメドが立ちました。

3-3 儀礼学習

儀礼学習のなかで中期環状集落や土偶の意義について理解を深め、有吉北貝塚学習や展示物観覧などの背景知識として役立つようになったことを実感しました。

3-4 展示物の3Dモデル作成

ショーケースに展示された遺物の3Dモデル作成が、とても意義の大きいことを実感できました。現場では不可能な精細観察が可能になります。土偶にマメ圧痕が多数あることを発見した時は興奮しました。

4 2024年10月活動の展望

4-1 有吉北貝塚北斜面貝層貝層

発掘調査報告書掲載遺物データのデータベース化(postgreSQL)をひとまず完了させ、次のステップ(セクション図や地山地形検討)に進みます。

4-2 人形塚古墳学習

人形塚古墳を本格化させます。まずは等高線資料から古墳3Dモデルを作成します。

4-3 儀礼学習

儀礼学習を継続します。

参考

ブログ「花見川流域を歩く」2024年9月記事 ○は閲覧の多いもの

ブログ「花見川流域を歩く 自然・風景編」2024年9月記事

2024年9月 Sketchfabに投稿した3Dモデル


2024年9月 YouTubeに投稿した動画


2024年9月 ブログ「花見川流域を歩く」投稿記事に掲載した画像