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2026年7月19日日曜日

埴輪「ひげの武人」(千葉市人形塚古墳出土)

 Haniwa "Bearded Warrior" (Excavated from the Ningyozuka Kofun, Chiba City)


I viewed the Haniwa "Bearded Warrior" (excavated from the Ningyozuka Kofun in Chiba City). It is on display right at the entrance of the Morimiya Annex of the Chiba Prefecture Cultural Properties Division, a place I was visiting for an unrelated matter. Seeing it reminded me of the time I was deeply engrossed in studying the Ningyozuka Kofun.


埴輪「ひげの武人」(千葉市人形塚古墳出土)を観覧しました。別件で訪れた千葉県文化財課森宮分室入口正面に展示されています。過去に、人形塚古墳学習に熱中したことを思い出しました。

1 埴輪「ひげの武人」(千葉市人形塚古墳出土)


埴輪「ひげの武人」(千葉市人形塚古墳出土)


埴輪「ひげの武人」(千葉市人形塚古墳出土)

埴輪「ひげの武人」(千葉市人形塚古墳出土)を観覧しました。別件で訪れた千葉県文化財課森宮分室入口正面に展示されています。

ガラスケースに外光反射が著しく、3Dモデル作成用撮影は諦めました。

2 思い出

この展示を見て、人形塚古墳に関する過去の熱中学習を思い出しました。

2024.12.19記事「千葉市人形塚古墳地割線の意味解明学習のまとめ」など多数

2024年12月19日木曜日

千葉市人形塚古墳地割線の意味解明学習のまとめ

 Summary of learning to clarify the meaning of the Ningyozuka Kofun land division line in Chiba City


Since autumn, I have been working intensively on learning to clarify the meaning of the Ningyozuka Kofun land division line in Chiba City, and I have finally reached a conclusion and summarized my findings in a learning review.


秋以降、千葉市人形塚古墳地割線の意味解明学習に集中的に取組んできましたが、ようやく結論に達し、その様子を学習感想文としてまとめました。

1 千葉市人形塚古墳地割線の意味解明にチャレンジする

千葉市人形塚古墳地割線の意味解明にチャレンジする

A4、6頁


画像(1頁目)

2 メモ

「千葉市人形塚古墳地割線の意味解明にチャレンジする」は2024年12月17日におゆみ野歴史愛好会で話題提供した時の配布資料です。学習感想文です。

要約

・これまで一部不明だった地割線の計画設計線としての意味が全て判明しました。

・同時に全ての地割線に施工実用性がないことも明らかになりました。

・施工実用性のない地割線を描いた理由は、視葬者(はぶりのつかさ)検査に対応するためだったと解釈しました。

・古墳を巡る内周溝、外周溝には流水が導水・管理され、庭園風景造成が確認できました。

・当時の人形塚古墳プロジェクトのプロセスについて考察しました。



2024年12月15日日曜日

千葉市人形塚古墳地割線の意義

 The significance of the Chiba City Ningyozuka Kofun land division line


It is believed that the Chiba City Ningyozuka Kofun land division line was drawn to pass the size inspection of the kofun by the Haburi no Mikoto, the ritual administrator of the kofun, who was dispatched by the Yamato royal authority.


千葉市人形塚古墳地割線が描かれたのは、ヤマト王権から派遣された古墳儀礼管理者である視葬者(はぶりのみこと)の古墳大きさ検査に合格するためだったと考えます。

1 千葉市人形塚古墳地割線の意義

1-1 地割線の計画設計線としての意味

千葉市人形塚古墳地割線の計画設計線としての意味は全て判明しました。

2024.12.06記事「千葉市人形塚古墳地割線の検討 後円部内円」

2024.12.08記事「千葉市人形塚古墳地割線の検討 後円部外円」

2024.12.14記事「千葉市人形塚古墳地割線の検討 前方部」

同時に全ての地割線に施工実用性がないことも判明しました。

1-2 施工実用性のない地割線が描かれた理由

施工実用性のない地割線(計画設計線)が古墳築造直前に描かれた理由を次のように想定します。

1) 視葬者(はぶりのつかさ)検査に合格するため

 ヤマト王権から派遣される古墳儀礼の統括管理者・機関である視葬者(はぶりのつかさ)は、造成される古墳の大きさが、被葬者に与えられた規格値序列に合致しているかどうか、事前現場検査していたと想定できます。被葬者サイドは墳丘範囲で整地してA~F線を描き、特にF線を描くことで後円部直径の実測ができるようにして準備したと考えます。これが実用性がない地割線を描いたメイン理由と考えます。

2) 段階施工に関する工事関係者共通認識を深めるため

 盛土工事では圧密沈下に伴う変形などに対処するために段階施工することが一般的です。人形塚古墳では土層断面図から2段階施工であったことが想定できます。くびれ部高さ(38.2m)までの盛土(半築古墳)で一旦工事を中断して圧密沈下の収束を数か月以上待ち、盛土安定化を図ったと考えられます。その半築古墳範囲を示すのがA線とC線です。設計・施工管理集団が被葬者サイド(盛土役務実行部隊)に伝えたかった重要情報であると考えます。これが実用性のない地割線を描いたサブ理由と考えます。


地割線の意義

2 地割線意義検討から浮かび上がる古墳関係者

横穴式石室と埴輪を除いた古墳本体の築造に関して、地割線意義検討から次の3者が関係者として浮かび上がりました。

・設計施工管理集団(渡来系専門家集団)

・視葬者(ヤマト王権)

・被葬者一族(盛土実働部隊)


地割線からみた人形塚古墳に関わる主要関係者

3 感想

所領の小さい被葬者(首長)が、望外の前方後円墳築造許可、埴輪使用許可を得て、一世一代のプロジェクトとして人形塚古墳プロジェクトに取り組んだと想像します。被葬者が設計管理集団に地割線描画を依頼し、描画された地割線を視葬者(はぶりのみこと)に見せるだけでなく、近隣の仲間(近隣の首長)にも見せたと想像します。これからつくる古墳について大いに自慢し、自分がヤマト王権と密接にリンクしている様子を人々に印象付けたと想像します。


2024年12月14日土曜日

千葉市人形塚古墳地割線の検討 前方部

 Examination of the Chiba City Ningyozuka Tomb Land Division Lines - Front Part


Of the six Chiba City Ningyozuka Tomb Land Division Lines, four of the front part land division lines were examined, and their significance as planned design lines was clarified. Two of them are shoulder lines of the half-built tomb.


千葉市人形塚古墳地割線6本のうち、前方部地割線4本について検討し、計画設計線としての意味が判明しました。うち2本は半築古墳の肩線です。

1 地割線の呼称


地割線の呼称

2 前方部地割線の観察

古墳築造前の整地面に描かれた地割線を発掘時古墳3Dモデルに投影して観察しました。


発掘時古墳3Dモデルに投影した地割線 左側


発掘時古墳3Dモデルに投影した地割線 右側

この観察により、A~D線の計画設計線としての意味が次の通り判明しました。

2-1 A線とC線

地割線の内、A線とC線は発掘時古墳3Dモデルで上段斜面途中の標高38.2m付近に位置します。

この標高38.2mは後円部と前方部の境のくびれ部の高さに該当します。

そして、このくびれ部の高さで盛土が一度整地的平面を形成したことが土層断面の考察(発掘調査報告書の考察)から判明しています。

盛土施工では盛土の圧密沈下による変形や災害を防止するため、一般に段階施工が行われます。つまりある程度盛土した時点で、盛土を休止し、盛土の圧密沈下を待ち、ある程度圧密沈下が促進したところで次の盛土を行うことが一般的です。こうした盛土施工技術から、人形塚古墳でも一気呵成に古墳築造がおこなわれたのではなく、段階施工され、それは2段階であり、その高度が38.2mであったことが考えられます。つまり、A線とC線は半築古墳の肩線を表示していると考えることができます。


半築古墳の肩線にA線、C線が対応する様子


A線、C線の高さ

2-2 B線

B線は前方部頂部(天端)の左肩線と考えることができます。


B線が前方部頂部(天端)左肩線である様子を示す立体図 垂直比率:×3.0

2-3 D線

D線は古墳右にだけ存在する上部テラス(37.5m)の肩線です。


D線が上部テラス肩線を示す様子

3 メモ

前方部4本の地割線の計画設計線としての意味が全て判明しました。

A線とC線は左右対応する線で、古墳に投影すると墳丘上段斜面途中に位置するためその意味がこれまで不明でした。しかし、半築古墳(盛土段階施工における盛土休止状態の古墳)という概念導入によりその意味が解明できました。

B線が前方部頂部(天端)の左肩線である可能性はすでに論文「沼澤豊「千葉市人形塚古墳のいわゆる地割線について」(研究連絡誌、2008)」で触れられています。(しかし、結論としてA~C線は何らかの計画設計線であるという表現でまとめられています。)

D線がテラス肩線である可能性もすでに沼澤論文で触れられています。今回の3Dモデルによる検討で、D線は古墳右にだけしか存在しない上部テラスの肩線であることが判明しました。右側にだけ上部テラスが設けられたのは埴輪展示のスペクタクル観を醸し出すための特別の工夫であると考えることができます。形象埴輪は古墳右側のテラス、上部テラス、前方部頂部に展示されています。

なお、前方部の地割線も盛土が始まると全て埋もれてしまいます。従って施工実用性はありません。地割線の意味は後円部、前方部含めて、全て計画設計線ですが、全ての線に施工実用性がないことがわかりました。


2024年12月8日日曜日

千葉市人形塚古墳地割線の検討 後円部外円

 Examination of the land division lines of Ningyozuka Kofun in Chiba City - Outer circle of the rear mound


Of the six land division lines of Ningyozuka Kofun in Chiba City, I have examined the outer circle of the rear mound. The land division lines are unrelated to the shape of the mound at that point and have no practical use for construction. The assumed outer circle is the boundary line of the mound, but it was found that it was not drawn as a land division line.


千葉市人形塚古墳地割線6本のうち、後円部外円について検討しました。出土地割線はその箇所の墳丘形状とは無関係で、施工実用性はありません。想定される外円は墳丘境界線ですが、それは地割線として描かれなかったことが判明しました。

1 地割線の呼称


地割線の呼称

2 整地面範囲の詳細検討

次の3資料を対照させながら詳細に検討し、整地面の分布について検討しました。


地割線出土空中写真

左は生の地割線出土状況、右は地割線を現場で塗色した状況

千葉県教育委員会所蔵


墳丘出土空中写真(表土流土を除去した古墳写真)

地割線を投影描画している 千葉県教育委員会所蔵


土層断面図 発掘調査報告書掲載

その結果、次の整地面分布を作成することができました。


整地面分布図

3 メモ

整地面(地割線が描かれた、古墳築造直前の人工造成面)は旧地表面の上に約10cmの黒土を盛土して造成されています。この整地面は墳丘形状でつくられたことが整地面分布図から判明しました。

広い整地面がつくられ、その場所に地割線外円(F線)が全部描かれ、その地割線を手がかりにして掘削し、墳丘形状に仕上げたのではないのです。

設計図にある外円情報を基に整地面を造成し、地割線は墳丘形状に無関係な部分だけ描いたのです。

この事実から、発掘調査報告書、沼澤論文で指摘する地割線外円(F線)の施工実用性の論拠は完全に崩れます。

逆に墳丘形状に無関係な地割線外円(F線…下図の実線部分)をわざわざ描いた理由を見つける必要があり、重要な検討になります。その場の墳丘造成に無関係な設計線(外円の一部)を描いた特段の理由を説明しなければなりません。


地割線の立体分布

2024年12月6日金曜日

千葉市人形塚古墳地割線の検討 後円部内円

 Examination of the land division lines of Ningyozuka Kofun in Chiba City - Inner circle of the rear mound


Of the six land division lines of Ningyozuka Kofun in Chiba City, I have examined the inner circle of the rear mound. As described in the excavation report, it is a line at the foot of the upper part of the mound (a line at the end of the mound), but it has been found that it is not practical for construction.


千葉市人形塚古墳地割線6本のうち、後円部内円について検討しました。墳丘上段裾線(法尻線)であることは発掘調査報告書に記述されている通りですが、施工実用性がないことが判明しました。

1 地割線の分布


地割線の分布(整地面から出土した地割線を発掘時空中写真に投影表示した分布図)
(地割線は墳丘を全て除去した後に出現した古墳時代整地面から出土しています)
空中写真は千葉県教育委員会所蔵

地割線にA~Eの呼称を付けました。E線が後円部内円地割線です。

2 地割線の立体表示

これまでの検討で、後円部地割線が指示する高さは次の通り基準単位(24等分値)毎に理解できます。(人形塚古墳の基準単位(24等分値)は約1.03m)


後円部高さの模式的理解

この理解に基づいて地割線を3D空間のなかで表示すると次のようになります。


地割線の立体表示 空中写真は千葉県教育委員会所蔵

3 内円地割線(E線)の意味

内円地割線が墳丘上段裾線(法尻線)を示す設計線であることは既に発掘調査報告書、沼澤論文で指摘されています。

墳丘上段裾線(法尻線)は次の図の通り破壊されにくい特性があり、実際にその特性の通り築造時の姿形状で出土したことはとても重要な情報です。その高さ(37.2m)が地割線が指示する高さ検討の出発つ点となる最重要情報です。


墳丘上段裾線(法尻線)の特性

4 内円地割線(E線)の施工実用性

E線が描かれている整地面の高さは36.5mです。そしてE線が指示している高さは37.2mです。次の図に説明する通り、整地面に描かれたE線を使って上段墳丘盛土工事を開始することはできません。墳丘盛土斜面勾配は2割5分であり、盛土工事を開始するためには1.75m離れた場所に別の盛土開始線を描かなければなりません。


E線に施工実用性がない説明図

整地面に描かれてE線は設計線ですが、施工実用性の無い線であることが判明しました。

発掘調査報告書、沼澤論文ではともにE線を施工実用線としています。立体空間での検討が不足していたようです。

2024年12月4日水曜日

千葉市人形塚古墳 復元模式3Dモデル(垂直比率:×1.5)

 A 3D model of the Ningyozuka Tomb in Chiba City (vertical ratio: x1.5)


A 3D model of the Ningyozuka Tomb in Chiba City (vertical ratio: x1.5) has been created. I gained many new insights from the many aerial photographs taken during excavation provided by the Chiba Prefectural Board of Education, and was able to restore the shape of the tomb when it was completed.


千葉市人形塚古墳 復元模式3Dモデル(垂直比率:×1.5)を作成しました。千葉県教育委員会から提供していただいた発掘時空中写真多数から多くの新知見が得られ、完成時形状を復元することができました。

1 千葉市人形塚古墳 復元模式3Dモデル(垂直比率:×1.5)

千葉市人形塚古墳 復元模式3Dモデル(垂直比率:×1.5)

資料:発掘調査報告書、発掘時空中写真(千葉県教育委員会所蔵)


復元検討図

3DF Zephyr v7.531でアップロード


3Dモデル画像


3Dモデル動画

2 メモ

千葉市人形塚古墳の地割線意味の検討を進めるなかで、完成時形状の復元がイメージできる情報が集まりましたので、墳丘の復元模式3Dモデル(垂直比率:×1.5)を作成してみました。

千葉市人形塚古墳墳丘には次のような特徴があります。

・後円部頂より前方部頂の方が高いです。

・前方部前部にテラスはありません。

・左墳丘裾が削平されて、内周溝沿いに2~3m×30m程の平場が出来ています。発掘調査報告書では耕地開発によるとされていますが、諸情報から完成時までに削平されたものと判断できました。

・墳丘右テラスには1段高いテラスが特設され、埴輪演出の舞台となっています。

参考 千葉市人形塚古墳 発掘時形状3Dモデル(垂直比率:×1.0)

2024年11月24日日曜日

千葉市人形塚古墳 発掘時形状3Dモデル

 3D model of the shape of Ningyozuka Tomb in Chiba City at the time of excavation


I created a 3D model of the shape of Ningyozuka Tomb in Chiba City at the time of excavation. The 3D model was created from the contour lines at the time of excavation and the texture of an aerial photograph at the time of excavation was overlaid on it. This is a highly accurate 3D model and will serve as the basic material for various studies.


千葉市人形塚古墳の発掘時形状3Dモデルを作成しました。発掘時点等高線から作成した3Dモデルに発掘時点空中写真のテクスチャを被せたものです。格段に精度の高い3Dモデルで、各種検討の基本資料となります。

1 千葉市人形塚古墳 発掘時形状3Dモデル(垂直比率:×1.0)

千葉市人形塚古墳 発掘時形状3Dモデル(垂直比率:×1.0)

発掘時点等高線図(0.1mピッチ)から、QGIS(GRASSプラグインのv.surf.rstツール)でDEM(0.5m×0.5m)を作成し3Dモデル化

等高線図は発掘調査報告書掲載

テクスチャは発掘時点撮影空中写真

空中写真は千葉県教育委員会所蔵

3DF Zephyr v7.531でアップロード


3Dモデルの画像


3Dモデルの動画

2 千葉市人形塚古墳 発掘時形状3Dモデル(垂直比率:×3.0)

千葉市人形塚古墳 発掘時形状3Dモデル(垂直比率:×3.0)

発掘時点等高線図(0.1mピッチ)から、QGIS(GRASSプラグインのv.surf.rstツール)でDEM(0.5m×0.5m)を作成し3Dモデル化

等高線図は発掘調査報告書掲載

テクスチャは発掘時点撮影空中写真

空中写真は千葉県教育委員会所蔵

3DF Zephyr v7.531でアップロード


3Dモデルの画像


3Dモデルの動画

2 メモ

2-1 発掘時点撮影空中写真からフォトグラメトリで作成した3Dモデルとの違い

2024.11.21記事「3枚の空中写真から千葉市人形塚古墳の近原形3Dモデル作成に成功」で作成した3Dモデル「千葉市人形塚古墳 近原形3Dモデル」はフォトグラメトリに利用した空中写真が3枚と少数であるため、精度の上で分析的利用ができるレベルに到達していません。

今回作成した発掘時形状3Dモデルは入手できる最も詳しい資料に基づくものであり、分析的利用に耐える精度があります。

2-2 発掘時形状3Dモデルの作成手順

1)等高線図から3Dモデル作成

次の記事参照。2024.10.08記事「千葉市人形塚古墳3Dモデル(主要部)」

技術的方法は次の記事参照。2024.09.15記事「紙等高線地図から地形3Dモデルを作成する方法」

2)空中写真のジオリファレンス

空中写真を調整した上で、QGISにジオリファレンスします。

3)空中写真をテクスチャとした3Dモデルの作成

QGISのQgis2threejsプラグインで空中写真をテクスチャとした3Dモデルを作成します。

2-3 この3Dモデルを使った検討

この3Dモデルを使って次の検討を行います。

1)地割線の意義

この3Dモデルでは地割線を空中写真に乗算して表現してあります。地割線と発掘時古墳形状との関係は等高線以上にリアルに把握することができます。この3Dモデル観察をヒントに地割線意義について検討します。

2)古墳完成時形状の検討

この3Dモデルから古墳完成時形状復元にヒントが得られるかどうか、よく観察します。

3)杭跡の検討

特徴的な杭跡が各所に観察できます。それぞれ検討を加えることにします。

測量に使った杭跡、施設として使った杭跡などがあるようです。

4)周溝と水との関係考察

周溝の一部に水を貯めたり、流した様子が観察できますので、詳しく検討します。



2024年11月21日木曜日

3枚の空中写真から千葉市人形塚古墳の近原形3Dモデル作成に成功

 A 3D model of the near-original form of Ningyozuka Tomb in Chiba City was successfully created from three aerial photographs.


A 3D model of the near-original form of Ningyozuka Tomb in Chiba City was successfully created from three aerial photographs taken during excavation. It is now possible to observe the near-original form in detail as a three-dimensional object, which cannot be grasped from contour line data.


千葉市人形塚古墳の発掘時空中写真3枚から近原形3Dモデル作成に成功しました。等高線資料では把握できない詳細な近原形を立体物として観察できるようになりました。

1 千葉市人形塚古墳 近原形3Dモデル

千葉市人形塚古墳 近原形3Dモデル

発掘時空中写真(1987年撮影)3枚からフォトグラメトリソフト3DF Zephyrで3Dモデル化

空中写真は千葉県教育委員会所蔵


3Dモデルの画像


3Dモデルの画像


3Dモデルの動画

2 感想

たった3枚の発掘時撮影空中写真から造形破綻が感じられない3Dモデル作成に成功しました。私にとって驚愕すべき体験となりました。

3枚の発掘時撮影空中写真は、古墳から表土・流土を除去した段階での写真であり、古墳の近原形写真であると言えます。従って、作成した3Dモデルは近原形3Dモデルと表記しました。

空中写真は千葉県教育委員会所蔵資料であり、千葉県教育委員会の許可を得て複製し、利用しました。

多数枚空中写真から作成する場合と比べて、今回作成3Dモデルの厳密な精度は落ちるかもしれません。今後検証が必要です。しかし、等高線資料だけから古墳の原形復元・検討をする状況と比べると、3Dモデル観察ができることは情報量が飛躍的に増え、画期的な出来事であると考えます。

3Dモデルを使った詳しい古墳検討は引き続き行います。

3枚の写真から3Dモデル作成に成功した技術的方法は、失敗を繰り返すなかで偶然見つけました。追って記事で説明します。


2024年11月3日日曜日

千葉市人形塚古墳 当初形状復元模式モデル

 Chiba City Ningyozuka Tomb: Model of the original shape


I have studied the restoration of the original shape of the Ningyozuka Tomb in Chiba City, and based on the results, I have created a model of the restoration. There is an artificial space on the left and an upper terrace on the right, and the shape of the tomb is not completely symmetrical. The top of the front part is higher than the top of the rear circular mound.


千葉市人形塚古墳の当初形状復元を検討して、その結果により復元模式モデルを作成しました。左側に造出的空間が、右側に上段テラスがあり、古墳形状は完全な対称形になっていません。前方部墳頂の方が後円部墳頂より高くなっています。

1 千葉市人形塚古墳 当初形状復元模式モデル

千葉市人形塚古墳 当初形状復元模式モデル

垂直比率:×3.0


説明図

地図は沼澤豊氏作成「千葉市人形塚古墳企画図」を引用

3DF Zephyr v7.531でアップロード


3Dモデルの画像


3Dモデルの画像


3Dモデルの動画

2 メモ

千葉市人形塚古墳の当初形状復元を想定して、その模式モデルを作成しました。

左側には旧地表面を利用した造出のような空間があります。

テラスは前方部前面斜面には無いようです。右側には上段テラスがあり、埴輪展示の演出効果を高めています。

盛土は大きく2回に分けて実施され、その場所に小段が残されたようです。

前方部墳頂の方が後円部墳頂より高くなっています。


2024年10月29日火曜日

千葉市人形塚古墳 当初3D形状復元のための検討資料

 Chiba City Ningyozuka Tomb: Study materials for the original 3D shape restoration


In order to restore the original 3D shape of Chiba City's Ningyozuka Tomb, I created a document (conceptual material) in which the information currently known is entered into the 3D model of the excavated tomb. This has deepened my understanding of the 3D shape of the tomb.


千葉市人形塚古墳の築造当初3D形状を復元するために、現段階で判った事項を出土古墳3Dモデルに記入した資料(概念資料)を作成しました。古墳3D形状認識が一歩深まりました。

1 千葉市人形塚古墳 当初3D形状復元のための検討資料

千葉市人形塚古墳 当初3D形状復元のための検討資料


説明

1 周溝などからの古墳立ち上がり線(35.0m~36.0m)二重になっているところもある。

2 地割線が描画されている整地盛土面の造成範囲(36.5m)古墳平面外形に近似した形で造成されている。

3 テラスの範囲(37.2m)上段テラスとの境は地割線による。武人埴輪などが展示された。

4 上段テラスの範囲(37.5m)馬や馬子埴輪が展示されたテラス。

5 小段(盛土第1ステップ)範囲(38.2m)盛土施工の段階区切に小段が残ったと考えられる。

6 墳頂部(38.2m~40.2m)前方部墳頂部には家形埴輪が展示された。

テクスチャ図面は沼澤豊氏作成「千葉市人形塚古墳企画図」を引用

垂直比率:×3.0

3DF Zephyr v7.531でアップロード


3Dモデル画像


3Dモデル動画

2 メモ

千葉市人形塚古墳の築造当初の3D形状を復元するために、現段階(2024.10.29)で判った事項を出土古墳3Dモデル(表土、流土を剥がして出土した古墳3D形状…等高線図から3Dモデル化)に記入した資料を作成しました。

1 古墳立ち上がり線

周溝などからの古墳立ち上がり線(35.0m~36.0m)は出土古墳3Dモデル(元は等高線図)から地形を読み取り描画しました。。

2 整地盛土面の造成範囲

地割線が描画されている整地盛土面の造成範囲(36.5m)は斜め空中写真と地割線空中写真を出土古墳3Dモデルおよび等高線図と照らし合わせて判定しました。後円部の整地盛土面の造成範囲は地割線外円推定線にほぼ一致します。地割線が描画されている整地盛土面が古墳平面外形に近似した形で造成されている事実は、地割線を描く前に既に設計諸元に基づき整地盛土工事が行われていたことを物語っていて、地割線描画意義検討に関する重大情報となります。

3 テラス

テラスの範囲(37.2m)上段テラスとの境は地割線によります。武人埴輪などが展示された。後円部のテラス内側線は地割線内円に一致します。

4 上段テラス

上段テラスの範囲(37.5m)馬や馬子埴輪が展示されたテラス。古墳及び埴輪展示を観覧するための主要視点場は横穴式石室付近であると考えられます。この付近からテラスに展示されている埴輪を観覧する時、馬、馬子などの埴輪は遠方になるため、テラスを一段(30cm)高くして見やすくしたと考えられます。埴輪展示の演出(他界観の演出)の詳細(テラスを一段高くした)を地割線に描いたこと自体が、この古墳の特性を物語っています。この古墳は発掘調査報告書で強調されているように、埴輪展示の演出効果を特段に意識しています。

5 小段

小段(盛土第1ステップ)範囲(38.2m)盛土施工の段階区切に小段が残ったと考えられます。小段の線形は地割線により想定しました。盛土を安定させる(排水、圧密沈下)ために墳丘盛土は2段階に行われたと土層断面図から判断されています(発掘調査報告書)。盛土の最初のステップと最後のステップの間に小段(イヌ走り)が形成されたと想定します。等高線図にその残片を観察できます。

6 墳頂部

墳頂部(38.2m~40.2m)前方部墳頂部には家形埴輪が展示されました。前方部墳頂部線形は地割線に基づきます。前方部墳頂部の高さは40.2m、くびれ部の高さは38.2m、後円部墳頂部の高さは39.2mと想定しました。高さ推定の根拠は沼澤豊氏の古墳設計原理復元研究にもとづく24等分値(基準単位)の援用によります。

なお本資料での墳頂部表現は単純模式的ですが、実際の古墳形状は滑らかな線形であったと推定します。


2024年10月26日土曜日

技術資料 千葉市人形塚古墳 前方部地割線の立体空間表示

 Technical data: Chiba City Ningyozuka Tomb - 3D spatial display of the front land division line


The front land division line of Chiba City's Ningyozuka Tomb was displayed in 3D at the height it represents. Now that I know the meaning and height of the land division line, I can create a 3D model of the restored tomb.


千葉市人形塚古墳の前方部地割線を、それが意味する高さに立体表示しました。地割線の意味と高さが判ったので、古墳復元3Dモデル作成が可能になりました。

1 千葉市人形塚古墳の前方部地割線の立体空間表示

千葉市人形塚古墳の前方部地割線の立体空間表示

3Dモデルの垂直比率:×3.0

古墳のテクスチャは沼澤豊氏作成「前方部地割線折返し図」を引用

前方部頂部の高さは40.2mで想定

くびれ部の高さは38.2mで想定

出土物としての地割線は盛土整地面(高さ36.5m)に描かれている。(このモデルでは非表示)

3DF Zephyr v7.531でアップロード


3Dモデルの画像


3Dモデルの画像


3Dモデルの動画

2 前方部地割線について


人形塚古墳 高さの略推定

これまでの検討結果を上図にまとめました。

前方部地割線AとCは墳丘盛土(第1ステップ)のラインを描いていると想定します。その場所は盛土工事の大きな節目の場所であり、地形的には小段(犬走り)が設けられていたと想定します。この地割線は等高線(38.2m)です。

前方部地割線Bは墳丘盛土頂部の左側肩線を描いていると想定します。地割線外円より手前は等高線(40.2m)、それより先は傾斜線(40.2m-38.2m)であると想定します。

前方部地割線Dは、埴輪展示演出効果を高めるために右側だけに設けられた1段高いテラスの肩線を描いていると想定します。

3 感想

後円部と前方部の地割線全ての意味と高さ(想定)の検討がひとまず終わりました。後円部頂部平坦面領域を沼澤豊氏想定(直径4単位)を利用すれば、人形塚古墳の復元3Dモデル諸元がすべて揃ったことになります。早速人形塚古墳の復元3Dモデルを作成して、検討を次のステップに深めることにします。



2024年10月23日水曜日

千葉市人形塚古墳 地割線の第2意義

 The second significance of the land division lines at Ningyozuka Tomb in Chiba City


Among the land division lines at Ningyozuka Tomb in Chiba City, there are some that have no practical use. I believe that this was necessary to pass the on-site inspection of the tomb construction conducted by the undertakers (Haburi no Tsukasa), the overall administrator and organization of the tomb rituals dispatched by the Yamato royal authority.


千葉市人形塚古墳地割線の中に実用性がない地割線があります。それはヤマト王権から派遣される古墳儀礼の統括管理者・機関である、視葬者(はぶりのつかさ)が行う古墳築造現場検査に合格するために、必要だったからと考えました。

1 千葉市人形塚古墳の地割線

千葉市人形塚古墳の地割線は、旧地表面に古墳外形の形状範囲で厚さ30cm程度の黒土盛土をして整地し、その整地面に描かれています。


地割線を描くために整地盛土した範囲と地割線

ベース写真は発掘調査報告書から引用

描かれた地割線は後円部では地割線内円e、前方部では地割線外円fと地割線a、b、c、dです。地割線の意義は次のとおり仮説しています。


模式断面図と地割線の位置

これらの地割線は地割線外円fを除いて、これからの古墳築造のために必要な実用的設計線です。しかし、地割線外円fはこれからの古墳築造には不用の線です。対応する造形上の傾斜変換線等がありません。

地割線外円fが示す円形は古墳の大きさを示す最も基本的な設計諸元です。しかしこの設計諸元は古墳外形として盛土整地面造成で使われていて、盛土整地面に描く必要はありません。一言でいえば、地割線外円fは実用性が全くない線です。(なお、地割線外円fと地割線bの交点は前方部墳丘天端の傾斜変換点になるので、重要です。しかし、その交点は地割線外円fを描かなくても得られる情報ですから、わざわざ地割線外円を描く必要はありません。)

2 千葉市人形塚古墳地割線の第2意義

千葉市人形塚古墳地割線に造形上必要性のない線がふくまれている理由を次のように考えました。

2-1 視葬者(はぶりのつかさ)(視喪者)による古墳大きさ検査に必要な情報であるため

古墳の大きさはヤマト王権が埋葬者の貢献度等を考慮してランク付して、最終的に決定されます。千葉市人形塚古墳の大きさ(後円部直径)は径18歩(24.7m)の規格値であると考えられています。(沼澤豊「千葉市人形塚古墳のいわゆる地割線について」(研究連絡誌、2008)による)

視葬者(はぶりのつかさ)(視喪者)[ヤマト王権から派遣される古墳儀礼の統括管理者・機関]あるいはその下部地方機関は、千葉市人形塚古墳の大きさが設定したランクの規格どおりであるか検査していることは間違いありません。書類検査だけでなく現場でその大きさを検査しているに違いありません。古墳外形を盛土整地して、そのうえに地割線を描いた段階で、検査を受ければ、視葬者に古墳の大きさや特徴を詳しく説明することができます。その際、後円部地割線外円を描いておけば、それが古墳直径を示す円の一部であり、検査で距離測定する場合にとても好都合です。後円部地割線外円を描いて置かなければ、現場でこれが古墳直径ですとわかりやすく説明することが困難です。

つまり、地割線外円fは築造工事には不用ですが、ヤマト王権の検査に合格するためには、必須の地割線であったと考えます。

2-2 地鎮祭に参加する要人に現場で古墳特性を理解してもらうため

古墳築造の地鎮祭が地割線が描かれた段階で行われた可能性があります。古墳外形がつくられ、設計主要線が地割線として描かれた段階で工事の成功や安全を祈願して地鎮祭を行い、その後本格的盛土工事に突入したと考えます。その際、地割線外円fを描いておけば、古墳設計概要を参加要人に理解してもらいやすくなります。散供場所の説明もしやすくなります。


地鎮祭の散供場所(空想)

3 感想

地割線の工事のための実用機能を第1意義、視葬者検査に対応するためなどの説明機能を第2意義としました。第2意義のために実用機能のない地割線を描いていることから、また、実用上必要な地割線が全部描かれていないことから、第2意義の役割が考える以上に大きかった可能性があります。



千葉市人形塚古墳 斜め空中写真の判読

 Interpretation of oblique aerial photographs of Ningyozuka Tomb in Chiba City


A careful observation of an oblique aerial photograph of Ningyozuka Tomb in Chiba City with the topsoil stripped away. It has been newly discovered that the leveled embankment surface with the land division lines was constructed in the shape of the outer burial mound. It has also been discovered that water was poured into the outer perimeter ditch for an elaborate design.


千葉市人形塚古墳の表土をはぎとった姿の斜め空中写真をじっくり観察。地割線を描いた整地盛土面は、古墳外形で造成されていたことが新たに判明。外周溝に水を流して趣向を凝らしていたことも判明。

1 千葉市人形塚古墳 斜め空中写真の判読

発掘調査報告書掲載斜め空中写真をスキャンして、パソコンで印刷用網掛のドットしか見えないまでに大伸ばしして、観察しました。時間をかけて何度も観察するうちに、いろいろなことがわかりました。

1-1 旧地表面の抽出と地割線描画用整地の範囲


旧地表面の抽出結果

ベース写真は発掘調査報告書から引用

古墳外形を縁取るように旧地表面が観察できます。この情報はかなり重要な情報です。つまり、地割面を描いた整地盛土面は旧地表面に古墳外形の形状で造成されたことがわかります。


地割線を描くために整地造成した範囲(イメージ)

ベース写真は発掘調査報告書から引用

発掘調査報告書と沼澤豊氏論文では、整地面に地割線を描き、後円部では外円を描き、その地割線外円を使って周溝を掘削した。従って地割線外円は残らなかったと同じことを述べています。斜め空中写真判読から、この想定は間違いであり、描かれた地割線外円は出土した部分だけであったことが判明しました。旧地表面を整地する前に、既に古墳外形は旧地表面に実物大で描かれていて、整地自体が古墳造成盛土の第一段階であったのです。

1-2 外周溝の堰跡など


斜め空中写真の判読

ベース写真は発掘調査報告書から引用

ア 外周溝

左外周溝には南から水を導く水路、左外周溝と後円部側外周溝を結ぶ水路が見つかりました。さらに、右外周溝先端に位置する部分に四角の区画と2つの杭跡が見つかり堰跡と観察できます。その堰跡から右斜面に水路が観察できます。これらの様子から外周溝の一部には水を流し、貯める風景的演出の存在を想定できます。「1-1地割線を描くために整地造成した範囲(イメージ)」に書き込んだように、左外周溝と左内周溝をまたぐように2重の白線が観察でき、橋のように感じてしまいます。外周溝には橋の橋脚のように2つの杭跡もあります。この2重線が発掘時の重機搬入跡などではなく、古墳時代所産ならば、台地の道を通ってきた人々が古墳内部に入る橋である可能性があります。外周溝には水が流れ、そこに橋があり、橋を渡った所には広場的空間があるという趣向を凝らした風景が広がっていたことを想像できます。

なお、内周溝は排水路を設けていて、空堀だったようです。(内周溝に石棺があるので、水を貯めることはあり得なかったと考えます。)

内周溝排水路には両側に杭が複数本ありますが、これは内周溝に蓋をしていた、つまり橋をかけていた可能性があります。中堤における参拝者等の通行路機能が意識されていたようです。

[竪穴住居について]

竪穴住居跡(古墳前方部左端近く)は発掘調査報告書では古墳築造時には撤去されていた旨書いてあります。そうではなく、古墳築造後に竪穴住居があり、その場所が古墳の管理や祭祀儀礼参加者のたまり場・休憩施設として機能していたことを想像します。竪穴住居は古墳の付帯施設であると考えます。

イ 古墳軸線設定土柱

古墳軸線を正確に設定している土柱と盛土線が写真に写っています。発掘時に調査員の方が参考として残したものであるのか、古墳時代の所産であるか判断できません。もし古墳時代所産の何か(石などがあったので土柱として残ったものなど)であれば、古墳築造の最初段階作業の実物証拠であり、きわめて重要な情報です。

ウ 古墳の小段跡

古墳第2段階盛土に小段跡が観察できます。古墳第2段階(最後の墳丘造成段階)といわれるものが実はそれが2つの段階に細分できるという仮説の証拠になりそうです。

エ 古墳時代の円墳撤去跡

画面左下の旧地表面に同心円状の模様が見えます。古墳時代に円墳を撤去した跡のようです。この円墳を撤去して、その土を人形塚古墳造成に使った(最初の整地盛土に使った)可能性を想像したくなります。さらに、人形塚古墳を祀る一族が、一族の円墳を閉まって、人形塚古墳としてリニューアルしたという空想も面白いとおもいます。人形塚古墳の埋葬施設は3つありますが、メイン(横穴式石室)ではない、2つ(石棺、木棺)のどれかが、撤去円墳に対応するのかもしれません。

人形塚古墳の北には別に撤去された円墳があるようです。その撤去円墳も人形塚古墳の石棺か木棺に対応しているのかもしれません。

人形塚古墳に埋葬施設が3つある理由は、人形塚古墳築造プロジェクトの中に、一族墓群統合が含まれていたためであると考えられます。

2 感想

人形塚古墳等高線図では決して判らない重大情報が、斜め空中写真判読で続々と判明しました。垂直空中写真よりも多くの情報を得ることできました。等高線図がとても抽象度の高いものであることを実感しました。


2024年10月20日日曜日

千葉市人形塚古墳が左右非対称に設計築造されたことが判明

 It turns out that Ningyozuka Tomb in Chiba City was designed and constructed asymmetrically.


Aerial photographs of the old topsoil of Ningyozuka Tomb in Chiba City reveal numerous pile marks, and the meaning of the piles becomes clear, confirming the left-right asymmetry of the tomb. The terrace on the right of the front part was made wider to more effectively display the haniwa.


千葉市人形塚古墳の旧表土面空中写真から多数の杭跡が見り、杭の意味が芋づる式に判明し、古墳の左右非対象を確認。前方部右のテラスを広くとり、埴輪演出を効果的にするためです。

1 千葉市人形塚古墳築造時の杭跡(予察図)


千葉市人形塚古墳築造時の杭跡(予察図)

写真は発掘調査報告書から引用

発掘調査報告書口絵にある「1号墳墳丘下の計画線」写真を判読して古墳築造時の杭跡を抽出しました。口絵写真は印刷のために網掛してあり、解像度が落ちますが、ある程度の大きさの杭跡は観察できます。観察できる杭跡を●で示し、特段に大きなものや掘り込み跡は大きな●で示しました。

2 千葉市人形塚古墳築造時の杭跡(予察図)の予備検討


千葉市人形塚古墳築造時の杭跡(予察図)の予備検討

写真は発掘調査報告書から引用

古墳築造のための軸線を設定したと考えられる杭跡が見つかり、軸線を引きました。

地割線内円外円の中心は作図上一致しますが、その場所(図で小白点で示す)には口絵写真では明白な杭跡は見つかりません。しかし、ぼんやりと何かがある様子ですが、解像度不足の為それが円を描いた中心点の跡だと断言できません。この内円外円の中心は軸線とわずかに(20~30cmか)ずれます。このずれは当時の測量誤差と考えられます。[2024.10.23追記 空中写真はオルソ投影したものではない単なるスナップ写真のようです。したがって、描いた軸線と内円外円中心が見かけ上ずれることがありうることに気が付きました。軸線上にぴたりと一致するのか、わずかにずれているのか、今後確かめるべく検討を深めます。](内円外円の中心近くに四角の形状で4つの杭跡があります。現場における地鎮祭の祭壇跡かもしれません。)

外円と前方部が交わる場所に杭跡(掘り込み跡)が観察できます。古墳設計上の重要ポイントであると考えられます。外円と前方部が交わる場所が左右対象になっていないことを軸線との関係で確認できます。

前方部の左右角には3点の小さな杭跡が観察できます。古墳設計上の重要ポイントと考えられます。

未発見の地割線を発見できるのではないかと探索をくりかえしましたが、明白なものは見つかりませんでした。(それらしきものはあるのですが、解像度不足のため断言できません。)しかし、地割線の延伸部に杭跡がある部分があります。また、地割線部分も杭跡が点在しているように見えますが、解像度不足のため断言できません。

画面右下には周溝から排水する施設(水路)があるのですが、その両側に杭跡があり、水路工事用杭跡のようです。

左周溝と右中堤に3つの杭跡が直線状に並びます。恐らく前方部墳丘造形に使った測量道具固定跡と推察します。この3点の測量道具を使って地割線にかかる杭の位置を特定して記録し、その記録を別の高さで復元して造形作業をしていたものと推察します。その測量と復元作業を左右別々に行っていたのです。

それ以外の杭跡もそれぞれ意味があり、その中には高さの基準を定めた杭もあったと推察します。

3 予備検討結果から推察する「現場に実物大設計図(地割線)を描く手順」


実物大設計図を描くために使った主な杭(沼澤豊作成「地割線折返し図」に主な杭跡を記入)

予備検討結果から「現場に実物大設計図(地割線)を描く手順」を次のように推察しました。

ア杭を最初に設置する。この杭が人形塚設計における平面原点となる。

イ杭を40単位離れた場所に設置する。ア杭とイ杭の間を40単位のスケールが結び目等でわかる紐で直線に結ぶ。

ウ杭をア杭から12単位の場所に打つ。(写真では未確認。杭は無かったかもしれない。)ウ杭を原点にして半径7単位と12単位の円を描き、後円部内円地割線と外円地割線を作成する。地割線には等間隔的に杭を打つ。

オ杭をア杭から20単位の場所に進み、そこから右に8単位の場所に設置する。オ杭が前方部右側測線と外円部交点となる。

エ杭をア杭から22単位の場所に進み、そこから左に6単位の場所に設置する。エ杭が前方部左側測線と外円部交点となる。

キ杭をア杭から38単位の場所に進み、そこから右に21単位の場所に設置する。キ杭が前方部前部右端となる。キ杭とオ杭を結ぶ線が前方部右側測線となる。

カ杭をア杭から38単位の場所に進み、そこから左に22単位の場所に設置する。カ杭が前方部前部左端となる。カ杭とェ杭を結ぶ線が前方部左側測線となる。

ア杭~キ杭を設置し、後円部地割線内円、外円を描くことで、古墳の実物大形状が出来上がる。この実物大形状の中に、詳細設計図(紙?)に記入された主要な設計線を、ア杭-イ杭軸により設定された仮想格子パターンを頼りに、前方部地割線A、B、C、Dとして描き、等間隔的に杭を打つ。地割線を描かない設計線も杭列で表現する。

(水準的原点は横穴式石室羨道部に(恐らく)敷石の1つとして設置し、そこから高さ情報を引っ張って、古墳周辺に高さを示す杭網を設置していると考えます。)

(平面位置を示す杭網を観測記録し、盛土掘削後もその情報を復元利用できる測量観測道具設置杭を設置しています。)

4 千葉市人形塚古墳は左右非対称形


千葉市人形塚古墳が左右非対称形であることを示す図

図に示す通り、千葉市人形塚古墳は非対称形です。最も異なる点はエ杭とオ杭の位置が異なることです。意図して非対象形にしています。

その理由は右側で第1段盛土面(テラス)の幅を広くとり、埴輪展示をより効果的にするためです。

より具体的にいえば、第1段盛土面(テラス)を地割線d線を境に左側で少しだけ高くして、埴輪展示施設を上下2つに分け、より効果的埴輪演出を企図しています。

低い方のテラス(d線右側で人々の視点が存在する横穴式石室に近い場所)は武人・巫女埴輪を展示し、高い方のテラス(d線より左側で人々の視点から離れた場所)は職掌不詳人物・馬・馬子埴輪を展示しています。ちなみに家埴輪は前方部頂部に展示しています。

千葉市人形塚古墳は埴輪展示をより効果的に演出するために、細部で左右非対称形を採用しています。


埴輪配列イメージ図

発掘調査報告書から引用

地割線d線の意味、地形の詳細についてはさらに詳しく別記事で検討します。

5 感想

旧表土面の空中写真から古墳築造時の杭跡が見つかり、その分布を沼澤豊氏作成24等分値格子図にプロットすると、杭の意味が芋づる式に判明しました。それにより古墳実物大設計図の作成方法、地割線描画の手順がわかりました。

これにより、古墳が左右非対称であり、地割線d線がテラスを2分するもので、それは埴輪展示演出のためであることがわかりました。千葉市人形塚古墳は設計の段階から埴輪展示演出を意識していることがわかりました。

沼澤豊氏の古墳設計原理復元研究がとても画期的であることにより、千葉市人形塚古墳学習が短期間に大幅に進みました。沼澤豊氏に感謝します。


2024年10月19日土曜日

千葉市人形塚古墳の前方部地割線の意味

 The meaning of the front land division line of Ningyozuka Tomb in Chiba City


I examined the meaning of the front land division line of Ningyozuka Tomb in Chiba City by projecting the front land division line folding diagram created by Yutaka Numazawa onto a 3D model. I thought that it was the shoulder line and foot line of the second stage of the mound and the small step line located in between.


千葉市人形塚古墳の前方部地割線の意味を、沼澤豊氏作成の前方部地割線折返し図を3Dモデルに投影して検討しました。墳丘第2段の肩線、裾線とその中間に位置する小段線と考えました。

1 千葉市人形塚古墳 前方部地割線折返し図(沼澤豊氏作成)の3Dモデル

千葉市人形塚古墳 前方部地割線折返し図(沼澤豊氏作成)の3Dモデル

前方部地割線折返し図はつぎの論文から引用

沼澤豊著「千葉市人形塚古墳のいわゆる地割線について」(千葉県教育振興財団文化財センター 研究連絡誌、 2008)

3Dモデルの垂直比率:×3.0

3DF Zephyr v7.531でアップロード


3Dモデルの画像


3Dモデルの画像


3Dモデルの動画

[注]

地割線A、B、C、Dが指示する高さは古墳地形面とは別の高さに存在し、それを古墳地形面に鉛直方向に投影して表示したものがこの3Dモデルです。地割線A、Dは等高線、地割線B、Cは傾斜線。

2 前方部地割線折返し図について

沼澤豊著「千葉市人形塚古墳のいわゆる地割線について」(千葉県教育振興財団文化財センター 研究連絡誌、 2008)では前方部地割線A、B、C、Dについて、AとCは対応するものとして考え、Bに対応すべき未検出地割線B´を、Dに対応すべき未検出地割線D´を折返し図の中に記入しています。

この折返し図はとても示唆に富む図であるので、上記で3Dモデルにしました。


沼澤豊氏作成 人形塚古墳前方部地割線折返し図

沼澤豊著「千葉市人形塚古墳のいわゆる地割線について」(千葉県教育振興財団文化財センター 研究連絡誌、 2008)から引用

3 沼澤豊氏の前方部地割線の解釈・意義

沼澤豊氏は上記論文で、D及びD´は第1段肩線を示す余地を残すと述べています。

A、C線は第2段の裾を示し、B、B´線は第2段の肩線を示す可能性を指摘していますが、それでは第2段の斜面幅が狭すぎる難点を指摘しています。

また、第2段の肩の線(B、B´)は盛土が始まれば、すぐに埋もれてしまうから、旧表土面に表示しても実用的な意味はないと述べています。

「前方部では実用的には必要のない線が引かれたことも間違いない。」と述べ、実用性のない線を引いた意味として作業員のための説明用等の意義について検討しています。

4 前方部地割線の意義

前方部地割線折返し図をもとに地割線意義について検討します。

4-1 地割線の実用性

後円部地割線の検討で、旧表土面に描かれた地割線は旧表土面とは別の高さに設定された設計線であり、盛土あるいは掘削でその地割線が消失しても、別の高さで造形物形状に使われていることが判明しました。

旧表土面に描かれた地割線位置を掘削や盛土の後に別の高さで復元できる測量技術が存在していたことになります。

従って、前方部でも地割線はそれぞれ旧表土面と異なる高さに設定された設計線であり、それは盛土の後に別の高さで復元できる測量技術によって活用されていたと考えることができます。地割線に実用性はなく、作業員の教育用であったなどの見解は根本から間違っていると考えます。

4-2 旧表土面に描かれた地割線を盛土後復元利用する測量技術

旧表土面に描かれた地割線を盛土後復元利用する測量技術の具体は不明です。しかし、次のような原理であったことは想定できます。

ア 詳細設計が実施される

詳細設計により傾斜変換線(掘り込み位置、盛土位置、盛土作業単位区切り位置)とその高さ情報が決定され、後円部、前方部、周溝、中堤の立体形状がメディア(紙?)に詳細設計図として表現される。

イ 詳細設計の現場投影

現場(旧表土面)をカンバスにして詳細設計の主要事項を地割線(杭列)や杭で現場に実物大で投影する。地割線(杭列)や杭は測量しながら位置決めするとともに、測量結果(及びそれぞれが持つ高さ情報)をメディア(測量道具そのもの?)に記録する。同時にメディアに記録された情報を即座に復元して、再度現場空間に投影できる体制を整える。

ウ 古墳築造工事

測量技術(詳細設計結果を盛土や掘削にもかかわらず現場空間に投影できる技術)により、設計通りの古墳を築造する。

つまり、図上で考えた詳細設計結果の主要事項を現場で実寸大の地割線で表現し、地割線を杭列に変換して、各杭の位置と与える高さを現場測量道具(恐らく現場に固定された道具)に記録したのだと思います。盛土の後、現場測量道具から各杭の位置・高さ情報を取り出し、盛土空間に投影して、造形に利用したと考えます。

4-3 前方部地割線の意味

B、B´線は第2段の肩線であると考えます。表土を含めて古墳前方部の最高点は39.6mですが、37.2mを一つの基準の高さとして1単位の整数倍がこの古墳の最高点だったと仮定すると、1単位が1.03mですから、40.2m(40.3m)あるいは41.2m(40.3m)のどれかになる可能性が濃厚です。古墳斜面に厚く堆積していた表土・流土の量を勘案すると、40.2mでは平仄が合わないので、古墳最高点は41.2mであったと仮説できるかもしれません。

D、D´線は第2段の裾線と考えます。くびれ部は雨水が集まるような形状となっていて、古墳築造直後から浸食が進んだと考えられます。その結果、裾部線(法尻線)が後退し、D、D´線の位置がずれているように見えるのだと考えます。(2024.10.20追記 D線の意味についてより合理的な解釈案が生まれましたので、別記事で検討します。D線は右側特有の地割線と考え、D´線の想定は不用と考えます。)

A、C線は第2段斜面の途中に位置します。第2段斜面は上部で緩、下部で急になっています。また斜面が急から緩に変化するあたりに狭い平面が想像できるような等高線配置になっています。さらに発掘調査報告書の盛土説明に次の記述があります。

「次に、後円部ではドーナツ状の土手の内側に土砂を入れて1.5m程盛り上げ、さらに前方部前端からの盛土との間を埋めたところで一旦水平に整地して第2段階の盛土を終えている。次の段階では前方部・後円部の墳丘を一気に墳頂近くまで築き、最後に鞍部に盛土して墳丘を整え、盛土を完成したと見られる。」

この記述を踏まえると、後円部、前方部ともに墳丘を一気に盛土しているのではなく、テラス(第1段階盛土面)から1.5m付近まで盛土して整地し、作業を区切っています。この作業区切りは盛土の排水などを考慮した工法に基づいているものと想像できます。盛土を安定させた後の最終盛土をする場合、作業の足場が必要なので、狭い小段を設けて最終盛土作業を始めたかもしれません。

これらの情報から、A、C線は盛土作業の区切りを表現する線分(狭い小段線)の位置を表現していた可能性が考えられます。発掘調査報告書では第1段盛土(テラス盛土)から1.5mの高さで盛土を一旦水平にしたと書いてありますが、沼澤理論に基づくと、第2段盛土裾線(高さ37.2m)から1単位上の38.2mがA、C線が指示した高さだったと仮説します。