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2019年10月9日水曜日

黒浜式土器他2点の3Dモデル作成を楽しむ

縄文土器学習 266

千葉市あすみが丘プラザ展示室に展示されている縄文土器の3Dモデルを作成しました。この展示室は野外の光を全面的に取り入れているロビーに隣接していて、展示ショーケースガラス面に野外光が反射して写ってしまいます。そのため3Dモデル土器表面にガラス反射面光景が焼き付いているなど難点の多い3Dモデルとなりました。

1 3Dモデル作成に利用した写真

3Dモデル作成に利用した写真(一部)

3Dモデル作成に利用した写真(反射光の強いものの例)

2 3Dモデル

3Dモデル作成画面
ガラス反射面光景が土器表面に焼き付いている様子
実物にはない穴も開いている。

3Dモデル作成画面
土器を上からのぞき込むようなカメラ位置では反射光が生まれないので、土器内部はきれいな3Dモデルとなっている様子

黒浜式土器(千葉市弥三郎第1遺跡)他2点 観察記録3Dモデル
4…関山式土器(千葉市弥三郎第1遺跡)
6…黒浜式土器(千葉市弥三郎第1遺跡)
7…浮島式土器(千葉市文六第1遺跡)
撮影場所:千葉市あすみが丘プラザ展示室
撮影月日:20190826
ガラス面越し撮影のため難点の多い3Dモデルとなっている

3 感想
・ガラス面反射が思いのほか3Dモデルに悪影響を及ぼしています。展示室に隣接するロビーが野外光を全面的に取り入れる建物構造となっているため、その遠方の明るい野外光が展示ショーケースガラス面に強烈に写ってしまうためです。
・難点の多い3Dモデルですが、土器学習入門者(=自分)の学習資料としては大変有用であると考え、有効活用することにします。
・「作品」的価値からこの3Dモデルを評価することは意味のないことであると考えます。
・難点が多いといってもこの3Dモデルと一緒に元写真27枚があり、それは3Dモデルとは独立した貴重な情報源です。
・この3Dモデルを3つの土器それぞれに分解して個別3Dモデルにします。個別土器3Dモデルが貯まった段階で整理作業を予定します。

2019年7月24日水曜日

黒浜式土器の分布と貝塚

縄文土器学習 210

縄文土器形式毎にその出土遺跡の千葉県分布図を作成しています。この記事では前期中葉の黒浜式土器の分布を観察します。

1 千葉県 黒浜式土器出土遺跡分布図

千葉県 黒浜式土器出土遺跡分布図
関山式土器出土遺跡135に対して黒浜式土器出土遺跡は415遺跡に急増します。3倍増です。関山式期が発展成長期なら、黒浜式期は加速成長期であり加速成長がピークに達した時期です。加速成長(人口急増)に応じて社会組織が変容している様子が下記2に引用したように「千葉県の歴史 資料編考古4(遺跡・遺構・遺物)」の貝塚の項に書かれています。


千葉県 黒浜式土器出土遺跡分布ヒートマップ
松戸から市川にかけて遺跡集中域が存在します。遺跡集中域の位置が関山式期と比べて松戸から市川に降りてきています。縄文海進ピークがこの時期には既に海退に転じ、利用できる好適海環境が南下している状況と対応している可能性があります。

2 参考 黒浜式期の貝塚分布とその記述 「千葉県の歴史 資料編考古4(遺跡・遺構・遺物)」引用
次の図は「千葉県の歴史 資料編考古4(遺跡・遺構・遺物)」掲載図から黒浜式期貝塚だけを抽出したものです

Ⅲc期(前期中葉 黒浜式期)貝塚分布図

●図書の記述
Ⅲc期(前期中葉 黒浜式期)には、古五田沼低地・座生沼低地(A)、矢切低地(B)、真間川低地(D)、手賀沼低地・柏-我孫子低地(C)の広域に、それぞれ貝塚の集中がみられる。
Ⅲc期(黒浜期)には、幸田貝塚のような大規模集落がなくなり、竪穴住居が数軒から数十軒という集落が数多く存在した。
野田市槙の内貝塚・流山市若葉台遺跡・我孫子市柴崎遺跡・同市西大作遺跡は広場集落である。
野田市飯塚貝塚・市川市庚塚貝塚・船橋市飯山満東遺跡などの規模の大きな集落は、Ⅲd期(諸磯期)に継続する例が多い。
全体として貝層からは骨の出土例が少ないが、庚塚貝塚や富津市大坪貝塚では魚骨や大型獣骨が比較的多かった。
2017.02.15記事「千葉県の貝塚学習 縄文時代前期初頭~中期前葉

3 メモ
・関山式期が成長期、黒浜式期がそれに輪をかけた加速成長期でそこがピークである様子を観察することができました。
・黒浜式期には関山式期とくらべると海進が海退に転じている様子が遺跡密集域の位置変化から推察できます。
・海進期に生まれる溺れ谷環境は縄文人にとってかけがえのない漁労の場創出のようです。海退により、あるいは上流からの土砂運搬による溺れ谷環境喪失は即漁労の場喪失を意味するようです。

4 参考 千葉県縄文土器形式別等出土遺跡数

千葉県縄文土器形式別等出土遺跡数

2019年6月30日日曜日

黒浜式土器 観察記録3Dモデル

縄文土器学習 168

この記事は2019.05.07記事「黒浜式土器 若葉台遺跡など」の追補記事です。
千葉県教育庁文化財課森宮分室展示室に展示されている縄文早期、前期土器の観察記録3Dモデルが出来ましたので、順次掲載し検討を加えています。

1 観察記録3Dモデル
黒浜式土器は次のア~オの5点展示されています。

千葉県教育庁文化財課森宮分室展示室展示黒浜式土器
ア、ウ、エ、オは観察記録3Dモデルのリンクページ(「縄文土器3Dモデル素材集」)をしめします。
黒浜式土器(ア) 観察記録3Dモデル
黒浜式土器(ウ) 観察記録3Dモデル
黒浜式土器(エ) 観察記録3Dモデル
黒浜式土器(オ) 観察記録3Dモデル

黒浜式土器(イ) 新山台遺跡 観察記録3Dモデル
千葉県教育委員会所蔵
撮影場所:千葉県教育庁文化財課森宮分室
撮影月日:2019.05.27

土器下部・底部を拡大表示する時、床が観察の邪魔になるので除去しました。

黒浜式土器(イ) 新山台遺跡
千葉県教育委員会所蔵

2 土器の模様
観察記録3Dモデルにより土器模様を詳しく観察することができます。

土器の模様

2019年5月7日火曜日

黒浜式土器 取掛西貝塚など

縄文土器学習 112

縄文土器を形式別に観察しています。
この記事では2019.05.17記事「黒浜式土器 若葉台遺跡など」に引き続き縄文前期黒浜式土器を観察します。

1 黒浜式土器(取掛西貝塚出土)の観察

黒浜式土器 船橋市取掛西貝塚出土 船橋市飛ノ台史跡公園博物館企画展(2019.02)展示

黒浜式土器 上半部拡大 船橋市取掛西貝塚出土 船橋市飛ノ台史跡公園博物館企画展(2019.02)展示

黒浜式土器 下半部拡大 船橋市取掛西貝塚出土 船橋市飛ノ台史跡公園博物館企画展(2019.02)展示

黒浜式土器 口縁部欠け部分 船橋市取掛西貝塚出土 船橋市飛ノ台史跡公園博物館企画展(2019.02)展示

表面に微細な穴(溝)が無数にあり、繊維が焼けて脱落した跡であると考えます。
模様のつけ方に丁寧さ、緻密さが感じられません。
口縁部欠け部分をみると表面付近は褐色ですが、内部は黒色であることが判ります。内部は土器焼成により繊維が炭化し、それが器外に出れないので、土が炭素の色に染まったと考えることができます。

2 黒浜式土器(ヲイノ作遺跡出土)の観察

黒浜式土器 八千代市ヲイノ作遺跡出土 八千代市立郷土博物館展示
繊維が焼けて脱落した跡と考えられる水平方向の筋(微細な溝)がいくつも観察できます。


黒浜式土器 若葉台遺跡など

縄文土器学習 111

縄文土器を形式別に観察しています。
この記事では千葉県教育庁文化財課森宮分室展示室に展示されている縄文前期黒浜式土器5点を観察します。

1 黒浜式土器展示の様子
展示室の早期前期土器展示コーナーには黒浜式土器が5点展示されていますのでア~オの符号をつけて区別して観察します。

千葉県教育庁文化財課森宮分室展示室における黒浜式土器展示の様子

2 黒浜式土器 エ の観察 

黒浜式土器 エ 流山市若葉台遺跡出土 千葉県教育庁文化財課森宮分室展示室展示 

黒浜式土器 エ 上半部拡大 流山市若葉台遺跡出土 千葉県教育庁文化財課森宮分室展示室展示 

黒浜式土器 エ 下半部拡大 流山市若葉台遺跡出土 千葉県教育庁文化財課森宮分室展示室展示 

挿図 「日本土器事典」から引用

3 黒浜式土器 オ の観察

黒浜式土器 オ 流山市若葉台遺跡出土 千葉県教育庁文化財課森宮分室展示室展示 

4 黒浜式土器 ア の観察

黒浜式土器 ア 柏市花前Ⅰ遺跡出土 千葉県教育庁文化財課森宮分室展示室展示 

5 黒浜式土器 ウ の観察

黒浜式土器 ウ 柏市花前Ⅰ遺跡出土 千葉県教育庁文化財課森宮分室展示室展示 

6 黒浜式土器 イ の観察

黒浜式土器 イ 成田市新山台遺跡出土 千葉県教育庁文化財課森宮分室展示室展示

7 黒浜式土器の印象
早期土器をくらべて色が黒っぽく、表面質感がザラザラしてもろい印象を受けます。粗雑な出来のように感じます。模様が観察しにくい土器です。

8 参考 「日本土器事典」の黒浜式土器記述抜粋
「・黒浜式土器は、早期から連綿と続いた繊維土器群の最終型式であり、また、花積下層式、関山式と続いた羽条縄文系土器群の最終型式でもある。
・器形 波状口縁を有するものはやや内湾ぎみに外反し、平縁のものは、胴部中程よりやや上でくびれ外傾するものと、底部から直線的に外傾するものなどがある。器種は大小の深鉢のほか鉢も存在する。
・文様 関山式の系統を受け継ぎ単節、付加条などによる羽条縄文やループ文などの多種の縄文の多くは見られるが、組紐は姿を消し、異条縄文は極めて少ない。また関山式と比べ縄文は非常に粗く緻密さが見られず、内外面の調整も著しく劣り、非常にもろい土器が多い。黒浜式の文様は多様性に富む。
・黒浜式の土器群は、さまざまな文様を有する土器の集合であり、また資料的にも充分存在することから、今後一層の検討が加えられ整理されるであろう。
・分布ほぼ関山式に共通し、関東全域から中部地方にまで及んでいる。」
「日本土器事典」から引用

9 黒浜式土器の較正年代

黒浜式土器の較正年代
小澤政彦先生講演「東関東(千葉県域)の加曽利E式」資料(2019.02.24)では黒浜式土器の較正年代は6445~6080年前calBPとなっています。

次の記事で船橋市取掛西貝塚と八千代市ヲイノ山遺跡出土黒浜式土器を観察します。
なお、黒浜式土器の千葉県域分布は別記事で検討します。
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学習チェックリスト